かっぽれ 幇間 梅后流江戸芸かっぽれ家元、櫻川流かっぽれ家元 櫻川 寶の入舟ホームページ
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幇間とは...


幇間は日本で四名
在、江戸の伝統を引き継ぐ幇間は、たったの四名だけになってしまいました。
その中のひとりが櫻川 寶の入舟(悠玄亭千代介)です。
日本に四名ってことは、世界でも四名しかいない、とても貴重な存在なのです。
是非とも日本の伝統芸能の火を絶やさないようにしてもらいたいものです。


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本来、太鼓持ちは俗称で、
正しい呼び名は幇間と申します。

幇は助けるという意味。 間は人と人の間。 すなわち人間関係をあらわす意味。
この二つの言葉が合わさって、人間関係を助けるという意味になります。

宴会の席で接待する側とされる側の間、お客様同士や、お客様と芸者の間、 雰囲気が途切れた時、楽しく盛り上げる方向に繋いでいく遊びの助っ人役が、 幇間すなわち太鼓持ちでございます。

都々逸振り「九文(ここのもん)」
幇間都々逸振りビデオ
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雑学 幇間

太鼓持ちの名前の由来
鼓持ちの名前の由来は、いくつもの説があります。
その中で話としてお客様に一番面白がられる話をひとつ!
・・・昔、太閤秀吉の家臣で、えらくトンチのきいた曾呂利新左衛門というお侍がおりました。
秀吉のお気に入りで、機嫌の悪そうな時はいつも、「太閤、いかがで、太閤、いかがで」と、太閤を持ち上げて機嫌を取り結んでいたそうです。
それで、ご機嫌取りが上手な人を“太鼓持ち”と言うように・・・
さらなる別名
間は、「太夫」とも呼ばれています。
また幇間という言葉には「客に従い、遊興の酒間を幇くる者」という意味。
よって、幇間は男芸者とも呼ばれます。
太鼓持ちの由来
本古来から習慣となっている、宴会=「宴【うたげ】」は、節日【せちにち】(晴)に五穀豊穣と八百万【やおよろず】の神々を崇拝し、お供えしたお神酒やお供物を、神仏と共に食する直会【なおらい】の「打上げ」から来ているようです。
この日本の伝統文化の宴会・宴席、すなわち「お座敷遊び」のお相手をして、旦那様【だんなさま】方を持ち上げる「男芸者」が幇間(太鼓持ち)なのです。
太鼓持ちの歴史
業幇間は元禄の頃(1688年〜1704年)にその芽ばえがあり、揚代を得て職業的に確立するのは宝暦(1751年〜1764年)の頃と考えられています。
江戸時代では吉原の幇間を一流としていたようであります。


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