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日舞


櫻川 寶の入舟と日舞

西川流師範


西川流師範
西川流免許状

2005年、櫻川 寶の入舟は、家元の座に甘んじることなく
さらに上を目指して精進を重ねた結果
日本舞踊・西川流の師範免状を取得!
2010年には、二世鯉三郎の直弟子である
西川鯉貴与に師事し、西川貴与三朗を拝命。

「西川鯉貴与のホームページ」


「西川流」とは...
西川流とは...
西川流は、日本舞踊界初期のころに誕生した、五大流派のひとつ。
全国規模で活動し、名取数約5000人を誇る流派です。

最初に“西川流”が歴史に名をみせるのは、約300年前。初世西川仙蔵が
宗家西川流を創設したといわれており、二世の時代、18世紀から19世紀にかけて、
西川流は歌舞伎と深く関わっていきます。

四世の時代、高弟であった西川仁蔵は名古屋で別派をたて、
名古屋西川流の家元として初世西川鯉三郎を名乗ったのです。

初世鯉三郎の時代
初世鯉三郎は、名古屋において新たな舞踊人生を歩み始め、能、狂言の長所をとり入れ、
独特の作風を生み出しました。
初代家元没後は、継承者がいなくなり、高弟達で流儀を守るようになりました。
その高弟の一人である石松の孫、司津と結ばれたのが、歌舞伎界で“天才役者”
と呼ばれた六代目尾上菊五郎の門弟、尾上しげる─西川茂でした。
尾上しげる(後の二世鯉三郎)は東京出身。歌舞伎大部屋の子役からスタートしました。
名作にも抜擢され様々な歌舞伎公演出演後、六代目の勧めもあって名古屋に居を移します。
昭和16年、尾上しげる─西川茂は西川流二世鯉三郎を襲名、家元になります。
こうして西川流の第二期黄金時代が始ったのです。
二世家元西川鯉三郎
昭和20、年第二次世界大戦終戦のあと、人々のすさんだ心を慰めるため、舞踊家達が
街頭で踊りを始めたというエピソードも伝わっています。 そしてそれがきっかけとなり
「名古屋をどり」がスタートします。

第一回目は戦後すぐ、昭和20年でした。この舞踊会は毎年名古屋の秋の風物詩として
今も多くの人々に親しまれています。 二世鯉三郎は友人、仲間に恵まれました。
川端康成、有吉佐和子、高見順、木下順二、木下恵介、三島由紀夫・・・、
様々な分野の才能と共同で多くの作品を作り上げました。 演劇味あふれる舞台、
踊りに対する人一倍の情熱もあって、この西川流は次第に全国規模の流派になってゆきます。
70年余りの生涯の中で、二世鯉三郎は約3000曲もの作品を手掛けました。
詳しくは...
西川流家元Web  http://nishikawa-ryu.com/

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